ひとにぎりの未来
著者:新夜シキ


「どうしてそんな無茶したの?」

 私はアレルを問い詰めていた。いくら結果オーライでも、アレルはまだ6歳だ。親としてそんな危ない事は容認出来ない。

「だって……ルイーダおばさんがあぶなかったんだもん……」

「マリア。もうその辺にしてやったらどうじゃ?アレルは立派じゃった。むしろ褒めてやるべきなんじゃないか?」

「でも………アレルはまだ6歳なのよ?そんな危険な事……」

「なに。ワシも8歳くらいの頃には一角兎をとっ捕まえて、メラで焼いて食っておったぞ。これがなかなか美味でなぁ」

「わ〜。おじーちゃんかっこいい〜」

「黙らっしゃい!!」

「「ひぃぃぃぃィ!?」」

 私の一喝に、アレルとお義父さんは縮み上がる。全く……。

「いい、アレル?今後危険なマネは二度としない事。それが約束出来ないなら、晩御飯抜きにするわよ」

 ピシャリと言い放つ。私の強い物言いに、さすがのアレルも押し黙ってしまった。………と思いきや、間髪入れずアレルは凛とした表情で訴え掛ける。



「……やだ。ボクはパパをさがしにいきたいんだ。パパはぜったいいきてるから。パパはまものなんかにはまけない」



 ……アレルのその言葉は、既にオルテガの死を享受していた私にとって、落雷に打たれたような衝撃だった。
 アレルは頭のいい子だ。死の意味を知らない訳じゃない。その意味を知った上で、オルテガがまだ生きていると固く信じている。
 その強い意志の宿る真摯な眼差しは、いつも私達を和ませてくれる柔らかい瞳とは違い、勇者オルテガの燃える双眸を彷彿とさせるものだ。ルイーダじゃないけど、妻の私ですらここにいるのはオルテガではないかと見紛う程の迫力。……アレルがこんな目をするなんて……。

 アレルは尚も続ける。

「ボクはパパをみつけて、いっしょにバラモスをたおすんだ。せかいをへいわにするんだ。だから、ボクはたびにでたい。いいでしょ、ママ?」

 私が何か言葉を紡ごうとした、その時―――

「よく言うたぁぁーーー!それでこそワシの孫じゃああぁぁぁーーーーー!!」

 お義父さんがアレルに飛び付いてぐりぐりと頬を摺り寄せている。…あ、果ては顔を舐め始めた…。

「おじーちゃん…おさけくさいよ…」

 …そうだった。私達はさっきまでウィスキーを飲んでいたのだった。ああもう、アルコール濃度の高い息を吹きかけて、アレルが酔っ払ったらどうするの―――

「よッ!!」

 幾多の強敵をマットに沈めて来た『超必殺☆マリアちゃん印のクリティカルローリングソバット』が炸裂。見事にお義父さんの顔面を捉えた。

「ひでぶッ!!」

ドンガラガッシャーン!!

 ダイニングを端から端までぶっ飛ぶ元大勇者・ゼイアス。

「ぐぅ……ナイスパンチ…」

 今のはキックだ。食器棚に半身をめり込ませながら、親指を立ててこちらに向けてくる。……意外と余裕ね。やっぱり武道家を引退して久しい私ぐらいの蹴りじゃ、老いても大勇者のお義父さんを本格的にノックダウンさせるには不十分だったみたい。ちっ。

「ママ……」

 アレルが服の裾を引っ張ってきた。私は腰を屈め、アレルと同じ視線を保って短く問いかける。

「本気なの?」

「うん!」

 その瞳には、躊躇など欠片も見つからない。この子もオルテガの血を引いているだけあって意志が強い。ここまで決めているのなら、私が反対しても聞かないだろう。

「………分かった」

「ママ!」

 アレルの目が輝く。私はその目をまっすぐに見据えて言葉を繋ぐ。

「ただし!一つ条件があるわ。あと10年我慢しなさい。あんたまだ6歳でしょ。16歳の誕生日に旅立つのなら許してあげる。それを守れないようなら、ああなるわよ」

 そう言って私は今だ食器棚に半身をめり込ませているお義父さんの亡骸を指差す。…や、死んでないけど。
 アレルは若干納得のいかない表情を浮かべつつも、素直に頷いた。

「…うん、わかった。16さいになったらいいんだね」

 ……この子の事だ。本当は今すぐにでも旅立ちたいのだろう。だがさすがにそれは無理がある。オルテガでさえ為し得なかった旅を、たった6歳の子供が達成出来るはずはないのだから。それはアレル自身にも何となく分かったようだ。

「分かってくれた?」

「うん」

「よし、いい子ね」

 アレルの頭を撫でる。その時、ダイニングテーブルの上に置いたオルテガの指輪が、月明かりを受けてキラリと輝いた。

「…そうだ」

 私はアレルから離れて、一旦自室へ。鏡台からネックレスを一つ取り出して再びダイニングに戻ると、ネックレスのアクセサリー部分を取り外して鎖だけにし、その鎖にオルテガの指輪を通した。これでオルテガの指輪ネックレスが完成。そのネックレスをアレルの首に掛けてやる。

「パパからの誕生日プレゼントよ。この指輪がきっとアレルを守ってくれるわ」

 アレルは心底嬉しそうな笑顔を浮かべると、トテトテと窓際に向かった。窓を開け放って、空に輝く大きな満月に向かって、精一杯の大声で一言。





「パパ、ありがとう!!」





『いい、アレル?お空はね。今は遠くにいるパパと、いつでも繋がってるの』

 私が以前アレルに掛けた言葉。あの子、まだ覚えていたんだ…。

「いい子に育ってるじゃないか」

 お義父さんがいつの間にか私の隣にいて、アレルの後姿を見守っている。

「……ええ。だって私とオルテガの息子ですもの」

 そう。アレルはこんなにも強い子に育っている。私はオルテガが旅立った時に誓ったはずだ。『アレルは一人でも立派に育て上げる』って。再婚なんてバカバカしい。たった6年で、そんな事さえ忘れてしまうほど弱くなってしまったのか、私は。
 …うん。私もこれから、オルテガは生きているって信じよう。私達が信じなくて、他の誰が信じるって言うの?……ふふ、アレルに教えられるとは思ってもみなかったなぁ。

「よーしアレル!明日からじーちゃんと特訓じゃ!10年でオルテガを超えるくらい立派な勇者にしてみせるぞ!!」

「うん!!」

 私は後悔しない。だって、だって、この子は私達の『希望』なんだから。アレルなら必ず帰って来る。この子の背中を見ていると、そんな風に思えるんだ。



 あなた……。あなたの自慢の息子は、こんなにも強く、逞しく育っていますよ。アレルと再会出来る日を楽しみにしていて下さいね―――――――



――――あとがき

 以上で『6 years after』は終了となります。別に付け加えなくても成立するのだけど、このあともう2つ程別視点のエピソードを公開してDQVプロローグは完結します。もう暫くお付き合いを。



――――管理人からのコメント

 アレルが可愛いです。健気です。この回の一番の見所はそこではないかと、個人的には思っています。
 それにしても、マリアは元・武道家だったんですね。道理で若干過激なはずです。

 話は変わって、今回のサブタイトルにはあまり深い意味は込められていません。なんとなく、雰囲気でこれにしました。ちなみに、『ドラマCD スパイラル〜推理の絆〜 もうパズルなんて解かない』(スクウェア・エニックス刊)のトラック6からです。
 いいタイトルだと、僕は思うんですけどね。果たして内容に合っているかどうか……。
 それでは。



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